Scene 01
綾瀬の指が、人気の帯で止まった。
日々選品EC事業部のモニターに、革のショルダーバッグの商品ページが映っていた。
写真のすぐ下には、平均評価とレビュー件数。その上に「店内で最もレビューが集まっています」という帯が重なっている。藤原 沙季が、公開前の画面を綾瀬 環へ渡した。
藤原
初めて見る方にも、長く選ばれている商品だと分かります。件数は隠さず、最初の画面に残したいです。
綾瀬は、購入ボタンまで進まなかった。人気の帯へ戻り、指先を置いた。
綾瀬
人気なのは分かります。でも、私に合う理由は、どこを見れば分かりますか。
レンは、平均評価の横にある件数を指した。
レン
これだけ使った方がいて、評価も高いなら、失敗しにくいとは言えませんか。
綾瀬
多くの方が評価したことは分かります。けれど、端末と飲み物を入れて四十分歩く日や、近所へ小さな荷物で出る日まで、この数字だけで同じ答えになりますか。
数字に誤りはなかった。レンが一つの数字へ、人気と適合の二つを答えさせていた。
カナエは、人気の帯を消さず、その隣に空のボタンを一つ置いた。前の会議で、研究で言えることと現場の仮説を分けた時と同じだった。答えを薄くするのではなく、問いを混ぜない。
カナエ
左は「人気の記録」。右は「私の条件で確かめる」にしましょう。
綾瀬の指が、空だった右側へ移った。
Scene 02
同じ高評価を、二度開いた。
藤原が人気の帯を開くと、レビュー件数、平均評価、評価の分布、投稿日、本文が現れた。
藤原
ここにあるのは、公開条件を満たした投稿の数と、その評価の集計です。購入者全員の数でも、全員の満足度でもありません。
消費者庁の令和5年度消費者意識基本調査では、インターネットを利用する4,439人のうち、レビュー件数が多い商品を選ぶという回答が50.6%、点数が高くても否定的な口コミで購入をためらうことがあるという回答が63.9%だった。件数だけで読み終える人ばかりではないことが、二つの数字の間に表れていた。
レンは、同じ高評価へ入っていた二件を開いた。どちらも画面確認用に作った架空の投稿で、実在する購入者の記録ではない。
革のショルダーバッグに寄せられた二つの架空レビュー財布と小さなポーチを入れて近所へ出る日に、軽くてちょうどよかった。
13インチの端末と飲み物を入れて通勤した。入ったけれど、四十分ほど歩くと肩ひもが気になった。
一件目は近所への外出に役立ち、二件目は収納できたことと、長く歩いた時の負担を同時に伝えている。平均の中では並んだ二件が、使う条件を置くと別の答えになった。
レン
高い評価だけを上に出すより、何を入れて、どのくらい歩いたかを先に読めた方が、綾瀬さんの問いに近づけます。
藤原は、人気の帯から分布と本文へ戻れるようにした。件数も平均も残った。ただし、数字の下に「公開レビューの集計」と小さく名前が付いた。
Scene 03
綾瀬は『似た人』を消した。
右側の入口には、仮の見出しが入っていた。
「あなたに似た人のレビュー」
綾瀬は、その言葉だけを選択して削除した。
綾瀬
似ているかどうかを、年齢や仕事からサイトに決めてほしくありません。今日の使い方なら、私が選べます。
藤原は、見出しを「使う条件を選ぶ」へ変えた。下には、用途、荷物、利用時間、環境の四つを置いた。どれも未選択から始まり、保存しなくても試せる。
綾瀬は、順に「通勤」「13インチの端末と飲み物」「四十分」「雨の日」を押した。
画面は四つに分かれた。レビューで良かったと書かれたこと。困ったと書かれたこと。寸法や素材など、販売者が確かめた仕様。雨の日の手入れは、回答できるレビューも確認済みの説明もなく、「まだ分かりません」と残った。
レン
合う理由を増やすほど親切だと思っていました。でも、答えのない所まで別の人の経験で埋めたら、保証のように見えてしまいますね。
カナエ
分からない時は、仕様を確かめる、店頭で持つ、問い合わせる、返品条件を見る。空欄の次にできることを置けば、判断材料になります。
レビューの経験と確認済みの仕様を混ぜず、合わない条件からも選び直せる境界は、デメリットを伝えても売れる説明へつないだ。
綾瀬は表示を見たあと、用途の「通勤」を外した。
綾瀬
いま探しているのは通勤用ではありません。近所へ出る時の、小さな荷物用です。
端末と飲み物、四十分、雨の日も外れた。綾瀬は「近所への外出」「財布と小さなポーチ」「十五分」「晴れの日」を選んだ。
人気の件数と平均は変わらない。画面には、条件に合う経験、困った経験、販売者が確かめた仕様、まだ分からない点が別々に残った。
Scene 04
戻るたび、画面の答えが変わった。
午後、四人は架空の商品情報と投稿だけで、二つの入口を試した。
左の「人気の記録」からは、平均、件数、分布、肯定と否定の本文へ同じ操作で進める。右の「私の条件で確かめる」からは、用途を一つずつ選び直し、レビューの経験、公式仕様、未回答へ進める。
綾瀬は近所への外出を選んだあと、もう一度通勤へ戻した。二件目の「四十分ほど歩くと肩ひもが気になった」が再び上へ来た。そこで十五分へ変えると、その投稿は「条件が異なるレビュー」へ移った。消えてはいない。
藤原は、購入ボタンの数だけを記録しなかった。評価分布を開いたか、条件を直したか、仕様や返品窓口へ進んだかも、別の列へ置いた。
藤原
運営として購入率は見ます。ただ、合わないと分かって戻った人を、画面の失敗とは決めません。返品や問い合わせと一緒に確かめます。
レンは、人気の帯から購入ボタンへ直行する矢印を一本消した。代わりに、分布と本文へ戻る矢印を残した。
レン
人気を入口にしても、結論にしない。条件を変えた時に、前の答えへ戻れるようにします。
綾瀬が選んだ条件は、この確認画面を閉じれば消える。本人が選んでいない属性を補わず、別の広告へ渡さない。実際のデータを使う前に、目的、保管、削除、訂正の手順を決めることも、藤原が公開条件へ加えた。
綾瀬
画面が私を理解したように見せるより、私が間違いを直せる方が信用できます。
Scene 05
公開待ちの企画書に、四つの空欄が残った。
夕方、藤原は商品ページ案を公開待ちへ移した。レビュー件数も平均評価も、元のままだった。
綾瀬は最後に、人気の記録から分布を開き、通勤を選び、近所への外出へ戻った。どこから始めても、別の答えへ移り直せた。
綾瀬
人気だから候補に残すこともできます。そのあとで、自分の使い方に近い経験と、合わなかった経験を両方読めます。
今日の条件が違っていたら、自分で戻って選び直せます。
レンは、店頭で同じ質問を受けた時の返し方を、ノートへ一行だけ書いた。
レンの接客ノート「人気があります」で終えず、今日は何に使うかを聞く。
ただ、条件を分けたことで、材料のない場所も見えた。近所への外出は多いのに、雨の日や、荷物を入れて長く歩いた時の投稿は少ない。書かれていない経験を、既存のレビューから推測して埋めることはできない。
藤原は新しい企画書を作った。題名は「レビュー収集キャンペーン案」。対象者、質問、特典、低評価を含む公開条件の四欄は、白いままだった。
カナエは、ペンを持たなかった。集めたい条件があることと、良い評価を頼んでよいことは同じではない。
カナエ
今日は、人気と適合を分けるところまでにしましょう。
次は、書かない自由と、率直に書く自由を残した頼み方を考えます。
モニターには、人気の数字が残っていた。その隣で、綾瀬が最後に選んだ「近所への外出」だけが青く光っている。
企画書の四つの空欄には、まだ何も書かれなかった。


