正しい説明が並ぶ商談記録を、結論・質問・補足の三枚のカードに組み替えるミナトと西村
情報を捨てず、結論・質問・補足の順に三枚のカードに組み替える

Season 0 / Episode 11

説明しすぎて、商談が重くなった

商談記録には、訂正すべき説明が一つもなかった。けれど、顧客が残した質問も一つしかなかった。

Scene 01

訂正する言葉が見つからない

レンの物語に匿名の感想が届いた翌週、久世は四冊のノートから、ミナトの薄い一冊を抜き出した。

左のページには説明した項目が並び、右の顧客発言欄には、冒頭の挨拶と「検討します」しかない。机の中央には、商談前の進行メモ、当日の提案資料と西村の技術補足、商談直後に二人で残した記録が置かれた。

録音はない。久世は記憶を逐語録にせず、複数の資料で確かめられる順番だけを長い紙へ写した。

機能の全体像。導入事例。権限の考え方。移行時の条件。運用開始後の支援。料金。導入までの工程。

顧客から記録に残った質問は、「私たちの体制でも運用できますか」の一つ。

再構成した商談の流れ

久世

訂正しなければならない説明は、どれですか。

ミナトは一項目ずつ指で追った。西村が伝えた移行条件にも、自分が示した事例にも、誤りは見つからない。

ミナト

全部、必要だと思って用意しました。

西村さんには、僕から詳しく話してほしいと頼んでいます。

鳴海は、原稿の「情報が多く、顧客は判断できなくなった」に赤線を引いた。記録から確認できるのは、説明が連続したこと、顧客の発言記録が少ないこと、体制への一問を掘り下げなかったこと、予定時刻を過ぎたことまでだった。

認知負荷の研究は、今回の順番を見直す補助線にはなる。ただし、顧客の内面や商談終了の原因を、この記録から診断することはできない。

鳴海の確認メモ

ミナトは「正しい説明だった」という事実に、少しだけ救われていた。同時に、その一言で終えれば、右ページの空白はまた顧客のせいになるとも分かっていた。

Scene 02

三枚が、二度崩れる

翌日、ミナトと久世はリードクラフトの会議室を訪れた。失敗した日と同じ資料をモニターに映すと、西村は、補足を短くする案にすぐにはうなずかなかった。

西村

権限、移行、支援の範囲は、導入後に「聞いていない」となってはいけない条件です。

簡単に聞こえるところだけ残すのは怖いです。

西村は技術補足メモを机へ置いた。ミナトが赤字で「詳しく」と書いた箇所には、付箋が三枚重なっていた。西村だけの説明癖にすれば、その赤字は見なくて済む。

高瀬はホワイトボードの「削る」に線を引いた。

高瀬

必要な条件を隠す話にはしない。

でも相手は、あの日、何を決めるために来ていたんだろう。

誰も答えられなかった。ミナトは課題も予算も体制も尋ねるつもりだったが、最初の説明を終えることに集中し、「私たちの体制でも」という一問を聞き返していない。

久世は無地のカードを三枚、紙の横へ滑らせた。

久世

使うかどうかも、何を書くかも、ミナトさんが決めてください。

ミナトは一枚目に「質問」と書き、高瀬を顧客役にして始めた。

ミナト

今日は、何を先に知りたいですか。

高瀬・顧客役

何を選べる話なのか、まだ分かりません。

先に知りたいことを選ぶ材料がないです。

ミナトは一枚目を裏返し、「結論」と書き直した。標準構成が候補だと伝えたあと、正確さを失うのが怖くなり、二枚目に権限、移行、支援、料金、工程と書き足した。カードからはみ出した条件を、そのまま口で補った。

西村は止めなかった。書かれた条件はどれも、顧客が決める前に必要になる。だからこそミナトは、二枚目を途中で伏せる理由を見つけられなかった。

高瀬の視線が、モニターから時計へ移った。

高瀬・顧客役

どれも大事だとは分かります。

でも、今日は何から答えればよいのか、また選べなくなりました。

質問だけを先に置けば、相手へ丸投げになる。正確な条件を全部先に置けば、元の商談へ戻る。ミナトの手元で、二枚のカードの角が重なった。

Scene 03

三枚目を、質問の後ろへ置く

ミナトは二枚目に書き込んだ条件を消さなかった。カードを持ち上げ、三枚目の上へ重ねて「補足」と書いた。

一枚目の「結論」には、標準構成が候補であることと、移行範囲は未確認であることだけを残した。新しい二枚目には「質問」と書いた。

机の上は、結論、質問、補足の順になった。

三回目。ミナトは一枚目だけを見て話した。

ミナト

伺った範囲では、標準構成が候補です。

ただし、移行できる範囲はまだ確認が必要です。

二枚目へ指を移した。

ミナト

実現できるか、運用の負担、始める時期。

今日は、どれを先に確かめたいですか。別の点でも構いません。

ミナトは三枚目を伏せたまま、待った。

高瀬はすぐには答えなかった。ミナトの指が三枚目の端へ動き、止まった。

高瀬・顧客役

運用の負担です。

専任担当を置けないので、更新作業が回るかを知りたいです。

そこで初めて、西村が必要な役割と支援範囲を説明した。移行条件は隠さず、「最終判断の前に双方で確認する項目」として資料に残した。いま話さない詳細も削除せず、補足資料と次回の確認欄へ移した。

西村

これなら、正確さは落ちていません。

今の質問に必要な説明と、決める前に確認する説明を分けただけです。

ミナトは三枚の右下へ、一回目、二回目、三回目と小さく書いた。三回目を完成形として固定せず、「次の商談で、相手の発言と選べたことを記録する」と添えた。

ロープレで言葉がつながっても、あの商談の終了理由は確定しない。次の受注も保証しない。それでも、誰かが完成した順番を渡したのではなく、ミナト自身の二度の失敗が三枚目の位置を変えていた。

Scene 04

赤いペンが、『西村の』で止まる

編集室へ戻ると、久世の初稿にはこうあった。

西村の正確な補足が情報量を増やし、顧客の判断を難しくしていた。

ミナトは赤いペンを取り、「西村の」を消した。「私たちが、相手の判断を聞く前に、正しい情報を全部置いた」と書き直した。

ミナト

詳しく話してほしいと頼んだのは僕です。

沈黙が怖くて、次の説明を足したのも僕です。

西村は書き直された主語を二度読んだ。

西村

僕の補足が多かった事実は、消さなくていいです。

ただ、顧客が判断できなかった理由を、僕にも情報量にも決めないでください。

西村は自分の発言として残せる箇所を丸で囲み、公開しない技術情報を黒く塗った。鳴海は「情報量が失注原因」と読める文を外し、顧客の言葉は逐語録ではなく商談直後の記録で確認できた要点に戻した。

顧客や第三者を再特定できる情報、契約上の守秘、本人が後から修正を相談できる窓口は、編集室の掲載判断で別に確認する。懸念が残れば公開しない。ミナトが自分の責任を引き受けても、公開可否を一人では決められない。

久世は主語を書き直した原稿と、匿名・記名を選べる本人確認欄を並べた。

Scene 05

名前の隣に、空欄が残る

久世

失敗した本人として名前を残しますか。

事例を匿名にして、書き手も伏せられます。

匿名を選んでも、三枚の順番は読者へ渡せる。名前を残すこと自体が、原稿の事実を強くするわけでもない。

それでも自分だけを伏せれば、「西村の補足」と書いた最初の主語だけが、形を変えて残る気がした。ミナトはペンを持ったまま、すぐには欄へ触れなかった。

ミナトは最初のノートを開いた。

僕は説明をした。でも、相手の判断材料を聞けていなかった。

反省でしかなかった一文の横に、角の擦れた三枚が並んでいる。

ミナト

僕の失敗として出します。

西村さんの説明ではなく、僕たちが聞く前に置いた順番から書いてください。

ミナトは公開確認欄へ自分の名前を書いた。西村は自分の発言欄をもう一度読み、修正相談の窓口を確かめてから、本人確認の印を付けた。

久世が二人分を保存すると、画面の表示が「本人確認中」から「本人確認済み」へ変わった。

その隣の「編集室の掲載判断」は、まだ空欄だった。ロープレが次の商談で役立つかを記す欄も、白いままだった。

机には、結論、質問、補足の三枚と、ミナトの名前が入った原稿が残った。三枚の角は、二度置き直したぶんだけ白く擦れていた。

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