コモンリンク会議室で、成約率の表と商談メモを並べて考えるソウタ
数字の表と会話メモを同じ机上に置き、まだ見えていない理由を探す

Season 0 / Episode 04

数字は冷たくない

数字は、人を急かす答えではない。まだ見えていない理由へ戻るための入口だ。

Scene 01

成約率が下がっている。理由は、表の外にあった。

コモンリンクの会議室で、ソウタは壁のモニターを見ていた。

商談数は大きく変わっていない。提案まで進んだ件数も、急に減ったわけではない。それでも、最後に契約へ進む割合だけが下がっていた。

モニターには、商談数はほぼ横ばい、提案件数は小さな変化、成約率は低下、と三行で表示されていた。

営業分析担当の佐野が、集計条件を一つずつ説明した。受注予定月は揃えてある。重複案件も除いてある。数字の切り方に大きな誤りはない。

佐野

集計は合っています。どの担当で、どの段階から落ちているかも出せます。

ただ、なぜ失注したかは、この表だけでは説明できません。

ソウタは手元の改善案を開いた。初回商談後の連絡を早める。案件ごとの次回行動を明確にする。停滞案件を週次で確認する。どれも、数字から見れば筋が通っていた。

ソウタ

まずは、止まっている場所を揃えて見る。

次回行動が決まっていない案件を減らそう。

経営企画を預かる植村は、資料を閉じずに尋ねた。

植村

それで、成約率は戻ると言えるか。

責める声ではなかった。研修の時間も、会議の時間も、現場にとっては費用になる。植村が守ろうとしているのは、改善という名前で仕事を増やし続けないことだった。

ソウタは「やってみないと分からない」とは言わなかった。だが、戻ると言い切れる根拠も、まだなかった。

Scene 02

本人が、その時に見えていた範囲を聞いた?

人材開発の河合が、改善案の一行を指で押さえた。

河合

行動を揃える前に、一つ確認していいですか。

失注した本人に、「その時、何が見えていたか」を聞きました?

ソウタは答えを止めた。

案件の進捗は見た。担当者別の成約率も見た。失注理由の入力欄も読んだ。けれど、商談の最中に担当者が何を聞き、何を見落とし、なぜ次の一言を選んだのかまでは確かめていない。

若手チームリーダーの南雲が、机の上の進捗表を引き寄せた。担当者ごとに、連絡回数、提案日、次回予定が細かく並んでいる。

南雲

見えていないなら、見る項目を増やせばいいと思います。連絡回数も毎日確認していますし、次は商談後の入力期限も短くできます。

南雲は、数字で部下を追い込みたいわけではなかった。チームの遅れを自分の責任として引き受け、抜けをなくそうとしている。その真面目さが、確認する項目を増やす方向へ向いていた。

河合

項目を増やしたら、見えていなかった理由まで分かるでしょうか。

南雲は黙った。会議室の空気が少し固くなる。

ソウタには、その沈黙を早く埋めたくなる感覚が分かった。数字が悪い時ほど、管理する側は「何をさせるか」を急いで決めたくなる。決めれば、動いているように見えるからだ。

けれど、その速さが人の見えていた範囲を消すこともある。

若い頃のソウタも、結果を戻そうとして強い言葉を重ねた。売上は一度伸びた。それでも、疲れて辞めたスタッフの理由を、当時の表から読むことはできなかった。

最初の改善案をそのまま進めるか。南雲の案どおり確認項目を増やすか。既にある一件へ戻り、表にないものを本人と確かめるか。ソウタは三枚の資料を見比べ、佐野の方を向いた。

ソウタ

佐野。

失注案件の中で、振り返りに使える商談はあるか。

記録の数字と、実際の会話を一緒に見たい。

Scene 03

「時期が合わない」の前に、言いかけたこと。

翌日の短い振り返りで、佐野は一件の商談記録を用意した。録音の利用範囲は社内の育成目的に限られ、確認の同意も取られている。

失注理由の欄には、こう書かれていた。

導入時期が合わず、見送り。

商談記録・失注理由

文字だけなら、次に確認するのは導入予定月になる。だが、会話を少し戻すと、その前に顧客が言いかけていた言葉があった。

時期というより、今のメンバーで運用まで回せるかが……。

商談録音・顧客の発言

その直後、担当者は導入スケジュールの説明へ移っていた。沈黙を避けたのか、予定の話だと早合点したのかは、本人に聞かなければ分からない。ただ、「時期が合わない」だけでは失われていたものが、会話には残っていた。

佐野は、録音を担当者本人と一緒に聞き直した。

担当者

「時期」という言葉を聞いて、導入予定の話だと思いました。

今のメンバーで運用できるか、という方を深める必要には、その時は気づけていませんでした。

録音から分かるのは、顧客が運用体制に言及したこと。本人の振り返りから分かるのは、それを予定の話として受け取ったことだった。二つを並べても、顧客が最も守りたかったものまでは確定しない。それでも、失注理由を「時期」だけに閉じるより、次に確かめる場所は具体的になった。

佐野

数字が間違っていたわけではないんです。

「見送りになった」は数えられても、「何を心配していたか」までは、項目に入っていませんでした。

Scene 04

数字、会話、次に試すことを、一枚に置く。

ソウタは、最初に出した改善案を消さなかった。数字を追うこと自体が悪いわけではない。連絡の遅れや、止まっている案件を見つけられるのは数字の強さだ。

代わりに、会議で見る順番を変えた。成約率の紙をいちばん上へ置き、その下に一件の会話記録、最後に白紙を一枚重ねた。白紙の見出しは「次の一試行」だった。

ソウタ

件数の確認は残す。

ただ、数字が下がった人を先に呼ぶのはやめよう。

まず一件を選んで、本人が見えていた範囲と、

顧客が言いかけたことを並べる。

次に変えるのは一つでいい。

南雲

一つだけで、足りますか。

ソウタ

足りるかは検証する。

でも、全部を同時に直せと言われたら、何が効いたかも分からなくなる。

南雲はうなずき、細かな進捗表の端に新しい欄を一つだけ足した。「次に確かめること」。だが、翌朝も誰より早く数字を更新し、メンバーへ確認を送る姿勢は変わらなかった。

ソウタはそれに気づいたが、この日は言葉にしなかった。新しい欄が、管理する側の焦りまで消したわけではない。

Scene 05

二週間で、再現性を見せてほしい。

次のKPI会議。数字と会話を並べた一枚を見て、河合は「これなら、本人を置き去りにせず振り返れそうです」と言った。佐野は、集計表から確認する商談を選べるようにした。

植村は、前回と同じように資料を最後まで見た。

植村

方向は分かった。だが、一件だけ丁寧に見て終わるなら、チームの仕組みにはならない。

二週間で、別の人でも同じ振り返りができるか見せてほしい。

期限は短い。研修見学で顧客発言欄の空いたノートを見た時、ソウタは自分の資料に「数字の表には、この空白の理由がない」と書いていた。その一行が、今度は自分のKPI会議へ返ってきた。

会議が終わったあと、ソウタは運用ノートの最初のページに一文を書いた。

数字は冷たいものじゃない。
見方を間違えると、人を冷たくするだけだ。

ソウタは次のページを開き、二週間後の日付を丸で囲んだ。上から「数字」「一件の会話」「次の一試行」と書く。成約率の線は、まだ下がったままだった。

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