Scene 01
全社展開案の上に、旧手順書が置かれた。
赤城は全社展開案を閉じ、角の擦れた現行手順書を机の中央に置いた。新しい画面は開かれないまま、ミナトの指だけが説明資料の端に残った。
前話「成功事例の影」で、城南校の先行導入は、対象機会三十一件、登録二十四件、事前閲覧二十一件、登録済み未閲覧三件、集計外七件と書き直された。三十一件が全相談を網羅するかは未確認。藤森の自己記録にある記録整理と後追い登録は八回、計四時間二十分で、正式な勤怠や他の担当者の作業とは照合できていない。
翌週の午前、星丘学習サービス本部。教室運営本部長の中井 恵は、その事例と全社展開案を並べていた。経営会議の取締役、赤城 徹は、城南校で見えた成果を読み終えると、手順書の最初のページを開いた。
赤城
城南校で見えたことは取り消しません。見えていないことが残るのも分かります。
その上で聞きます。今までの方法の、何を捨てるのですか。
ミナトは、検索の速さ、更新通知、拠点をまたぐ閲覧を説明するつもりだった。どれも新しい方法の便益ではある。しかし、古い方法をやめた後、誰がどの仕事を引き受けるかには答えていない。
ミナト
僕は、新しい方法を選ぶ理由だけを出していました。
今の手順が守っている仕事は、まだ一つも聞けていません。
赤城は承認欄へ手を伸ばさなかった。中井が、全社展開案の「既存の手作業を廃止」に一本の線を引いた。
Scene 02
『手作業』を、五つの動きへ戻す。
ソウタは機能一覧を伏せ、現行手順書を赤城の側へ向けた。
ソウタ
最初の行は、誰が動きますか。
赤城が読んだ。相談直後に要点を残す。急ぎは同じ勤務内で口頭でも渡す。記録帳は教室の担当者が見る。事情が変われば上書きせず追記する。応対前の最終判断は、目の前の保護者に向き合う担当者が持つ。
中井は一つ読むたび、細長い紙へ書いて手順書の上に置いた。五枚になった時、「手作業」という一語は机から消えていた。
城南校の記録を重ねると、要点の登録は二十四件、そのうち事前閲覧は二十一件、登録済み未閲覧は三件だった。残る七件は締切までに共通記録へ入っていない。ミナトが七件の横へ「入力漏れ」と書きかけると、赤城が鉛筆の先を止めた。
赤城
確認できたのは、共通記録に入らなかったことまでです。意欲なのか、時間なのか、手順なのかは聞いていません。
ミナトは「締切までに共通記録なし」と書き直した。赤城は、口頭連絡の紙には「勤務が重ならない時の到達は未測定」、閲覧の紙には「読んだ後の理解と応対結果は未確認」と添えた。
中井
本部では五つとも、手作業と呼んでいました。教室では、急ぎを渡すこと、閲覧を限ること、最後に判断することは別の仕事です。
赤城は反対を撤回しなかった。代わりに、五枚を手順書から外し、机の空いた側へ移した。
Scene 03
赤城が、一行ずつ三つの区分へ動かす。
中井は共有紙に「残す」「変える」「限定して試す」とだけ書いた。色は付けなかった。「残す」を遅れに、「変える」を進歩に見せないためだった。
ソウタ
残すのは、どの動きですか。
変える責任は、誰が持ちますか。
試すなら、どこで戻せますか。
ミナトは答えを置かず、五枚を赤城の前へ戻した。
赤城はまず、「急ぎを同じ勤務内で口頭でも渡す」と「応対前の最終判断」を「残す」へ置いた。口頭の到達率が未測定でも、いま緊急時の経路を消す理由にはならない。
次に、「教室内の記録帳で確認する」を「変える」へ動かした。ただし、必要な担当者だけに閲覧を限る責任は同じ紙に残す。紙だから安全、デジタルだから共有できるとは書かない。閲覧範囲と承認を担当部署が確かめるまで、実装は始めないと中井が余白へ記した。
最後に、相談直後の入力と訂正履歴を「限定して試す」へ重ねた。対象、期間、観測、停止、戻し方は、現場とトライアル設計で決める。城南校の数字だけで、他教室まで変える欄には移さなかった。
赤城が三つの区分の下へ書いた条件「昔から」と「新しいから」は、どちらも理由にしない。守る責任、確認した事実、まだ足りない証拠で、この行を動かす。
注記を読み終えても、赤城が動かした五枚はそのままだった。心理の名前ではなく、自分が引き受ける区分として残っていた。
Scene 04
全社展開ではなく、現場へ出す区分を承認する。
共有紙の各行には、対象業務、守る責任、確認済み、未確認、判断する人、見直す時を置いた。未確認の欄は空白にせず、次に誰へ聞くかを書く。ミナトは、勤務が重ならない時の口頭連絡と、どの版を読んだかの確認を自分の宿題として引き取った。
法務、安全、セキュリティ、労務、個人情報、記録保存の確認が必要な行は、担当部署が了承するまで始めない。その境界は、三つの区分や会議の多数で外せない。
午後、机には三つの出口が残った。全社展開を承認する。否決する。区分だけを現場へ出し、訂正を受ける。
赤城は全社展開の承認欄を空白のままにした。否決の印も押さない。別紙の「現場へ出す区分」にだけ丸を付け、鉛筆を置いた。
赤城
城南校の成果は残します。今の手順を永く続けるとも決めません。
今日は、この区分を現場が直せるところまで承認します。全社展開の決裁は、その後です。
全社展開の承認欄は空白のままだった。一方で、現場へ持ち出せる紙には、赤城が動かした三つの区分と、権限のある担当者が原資料へ戻って訂正できる履歴が残った。
Scene 05
閉じた承認欄の代わりに、招待先が増える。
中井は、教室長、主任講師、教室運営本部を現場説明会の招待先へ入力した。新しい機能の賛否から始めず、現在の動きと守る責任を読み、区分が違えばその場で直す。決まらない箇所には、次に答える人を残すと案内した。
中井
本部の四人で完成させません。実際に使う人が「そこは違う」と言える紙のまま出します。
ミナトは商談メモの「反対を解く」を消し、「反対が守っている仕事を確かめる」と直した。消した跡は、まだ紙に薄く残っていた。
マイ商談ノート
今日、残しておく候補
気になった項目を、この端末のブラウザへ保存できます。ログインや送信はありません。
まだ保存していません。
中井が招待文を送る前に、赤城が一覧の末尾を指した。
現場説明会の招待文に加わった一行参加部署に、保護者相談室を追加してください。残す手順、変える手順、限定して試す手順は、説明会で修正できます。
保護者相談室が、なぜその場に必要なのか。中井は理由の欄を埋めないまま、招待文を送信した。旧手順書は、新しい画面の隣で開いたままだった。


