Scene 01
正常なのに、なぜ開かれない?
月曜の朝、青葉設備のサービス拠点では、いつもより早く点検車両の扉が開いていた。
壁の予定表には、当日の訪問先と担当が並ぶ。その横に、先週までなかった一枚が貼られていた。限定トライアルの対象業務、記録すること、問題が起きた時の連絡先。営業のトライアル提案書を、現場用に短くした開始案内だった。
試験用の画面も動いていた。権限も付いていた。桜井が確認用の端末で開くと、対象の仕事が表示された。
それでも、最初の確認時刻を過ぎても、利用者側の記録は一件も作られなかった。
ミナトは作業動線の外で、同じ画面を見ていた。会話や端末を無断で記録せず、問い合わせがあった時だけ支援する約束である。けれど問い合わせも来ない。作業着の人たちは工具と予定を確かめ、車へ分かれていった。
桜井
今朝、試験の画面を開いた人はいません。
開けないという連絡も、使いたくないという連絡もありません。
ミナト
操作が分からなかったのかもしれません。短い説明をもう一度入れますか。
桜井は返事をせず、最後の車が出るまで待った。
桜井
説明を増やす前に、今分かっていることを分けませんか。
誰も開かなかったことと、操作が分からなかったことは、同じではありません。
成果、品質、利用条件、現場負担、未解決点。計画書には分けて残す欄がある。それでも、最初の空欄を前にしたミナトの指は、理由の欄へ動いていた。
Scene 02
抵抗と書く前に何が足りない?
ミナトは「操作への不安」と書いた。その下に「新しいやり方への抵抗」と続け、「抵」の字で鉛筆を止めた。どちらも、今朝の利用者から聞いた言葉ではない。
桜井はノートを取り上げず、開始記録の「確認できた事実」という欄を指した。
桜井
使わなかった人を、抵抗している人と呼びますか。
今朝の仕事を守ろうとしたのか、始め方が見えなかったのか、それとも本当に必要ないと思ったのか。まだ、本人に聞いていません。
出発前の安全確認、持ち出す工具、変更された予定、顧客からの連絡。桜井が守ろうとしているのは、試験への反対ではなく、朝の仕事が気づかれないまま後ろへ押されないことだった。
ミナトは「抵抗」までの二行を横線で消した。確認済みの欄には、画面は動く、権限はある、確認時刻まで記録はない、問い合わせもない、と書く。理由の欄は空けた。
桜井が開始記録に残した一行非利用は観察できた。非利用の理由は、まだ観察できていない。
入力が一分増える時、その一分を誰が引き受けるのか。以前の桜井の問いを覚えていても、ミナトはまた、仕事を見る前に人の内側で空欄を埋めかけていた。
Scene 03
誰が最初に使うはずだった?
昼前、社内のカスタマーサクセスから、別案件の現場テストについて共有許可が取れたと連絡があった。ミナトは青葉設備の社名や利用記録を伝えず、クラフトリンク製作所の第一製造部でラインリーダーを務める竹内 俊に、短い通話を頼んだ。
竹内
うちも、試験初日に画面が開かれない時間がありました。手順書も説明もあったのに、誰がどの仕事で最初に使うかは決めていなかったんです。
ミナト
使いたくないという反応でしたか。
竹内
後で聞くと、そういう人ばかりではありませんでした。最初の一人が遅れたら後ろを待たせる。誰かが先にやり、問題がなければ続こうとして、全員が二人目を待っていました。
受話口の向こうで、竹内が一度言葉を切った。
竹内
協力的な一人を選び、その人に操作確認も遅れの回収も背負わせるのは違うと思いました。
ただ、うちの話をそちらの答えにはしないでください。本人に聞いて、仕事を見ないと分かりません。
通話を終えたミナトは、青葉設備の理由を書き足さなかった。「最初の一回は、誰の、どの仕事の、どこに置かれていたか」とだけ残した。
Scene 04
月曜朝には何が重なっていた?
午後、現場から戻った桜井へ、ミナトは「別の現場では、最初の一回を決めていなかったそうです」と範囲を区切って伝えた。それから、壁の予定表を外して机へ置いた。
ミナト
月曜の朝、最初に画面を開く予定だった時間には、皆さんは何をしていましたか。
操作説明が必要かを決める前に、その時間を最初から見せてください。
桜井は、予定変更、担当、訪問順、安全確認、工具、顧客からの連絡を、始業から車両が出るまで青線でつないだ。ミナトが試験説明と初回入力を赤で置く。二本は同じ時刻を取り合った。
全員が揃うなら、同じ説明から始められる。そう考えて朝を選んだのはミナトだった。現場負担を測る欄は作ったのに、開始そのものが何と競合するかを決めていない。
桜井
月曜朝は、全員がいる時間です。
でも、全員が新しいことを始められる時間ではありません。一週間でいちばん変更が集まり、出発までが詰まる時間です。
ミナト
集まりやすい時間を、使いやすい時間だと思っていました。
桜井
私も、朝なら全員へ伝えられると言いました。
伝えられることと、その場で使えることを分けるべきでした。
二人の合意には「誰へ伝えるか」はあった。しかし、「誰が最初に使うか」と「その間の通常業務を誰が引き受けるか」は空白だった。
ミナトは記録の参考欄に、デジタル庁の「行政サービスにおける利用者視点導入ガイドブック」(2025年改定)と、英国政府の「Encouraging people to use your service online」(最終更新2018年)を残した。どちらも行政サービス向けで、青葉設備の理由や民間BtoB営業の判断を決める資料ではない。目の前の予定表と本人の言葉に代えるつもりはなかった。
Scene 05
この条件で明日も続ける?
夕方、試験用画面には、ようやく一件の途中記録が残った。けれど、ミナトはそれを「利用開始」とだけ報告しなかった。桜井の横で、朝から起きたことを判断記録へ戻した。
ミナトのトライアル判断記録・初日確認済み。朝の確認時刻まで利用者側の記録はなく、夕方に一件の途中記録ができた。
未確認。本人の理由、最初の仕事と役割、始められる時刻、通常業務の支援と復帰。
明日の問い。この条件で続けるか。
桜井
使わなかった理由を聞く前に、使うように頼むのはやめたいです。
ただ、このまま続ければ、明日も忙しい人から試すことになります。
ミナト
今日の一件を、成功とも定着失敗とも記録しません。
続けるか止めるかは、今の条件と未確認をそのまま持ち帰って決めます。
ミナトの鉛筆は、「継続」にも「停止」にも丸をつけなかった。青線と赤線が重なった予定表を折らずにファイルへ挟む。
会議室へ持っていくのは、現場が使わなかった理由ではない。全員がいる時間を、始められる時間だと思った自分たちの初日と、「この条件で続けるか」という問いだった。

